東京家政学院大学 Tokyo Kasei Gakuin University

世の中が変わる、家政が変える

ニュース・トピックス

【学長メッセージ】2016年度(平成28年度)卒業式告辞 卒業生、修了生のみなさんへ

2017/04/27

2016年度(平成28年度)卒業式告辞 

卒業生、修了生のみなさんへ

 

本日、東京家政学院大学は学部学生473名に学士号を、大学院学生6名に修士号を授与し、この学び舎から次の社会へと送り出すことになりました。

卒業生、修了生のみなさん、おめでとうございます。ご家族、関係者のみなさん、おめでとうございます。

 

多摩の山並みを眺望すると、終雪の名残りは見られますが、あたたかな、春らしい一日の訪れが実感されるようになって来ました。みなさんが4月、次の社会への入り口に立つ頃には、厚いコートも、マフラーももう不要になっていることと思います。

 

春は「希望」の入口。古来、春を歓ぶ気持ちは多く謳われて来ていますが、万葉集にも、1418番目というかなり先になって志貴皇子の有名な歌が出ています。

 

石ばしる/垂水の上のさ蕨の/萌えいづる春に/なりにけるかも

(岩の間を勢いよく水が流れ落ちる上に、わらびが芽を出している。春になったのだなあ)

 

春になった素朴な喜びだけではなく、この歌に秘めた強い感情同様、みなさんはこれからの新たな日々に、大きな期待を抱いていることと思います。

 

 

ここで、みなさんを送るにあたって、短いお話しをひとつだけしたいと思います。

 

本名アレクセイ・マクシモーヴィチ・ペシジュコフ、ロシアの作家・マクシム・ゴーリキーの自伝的小説とされる『私の大学』は、次のように書き始められます。

 

「わたしはカザン大学に学びにゆく…」(蔵原惟人訳)

 

今から90年以上前、1923年(大正12年)に発表された『私の大学』は、このように始まります。しかし、「わたし」は、現在のタタールスタン共和国の首都カザンで、大学に通った訳ではありません。では、何が「私の大学」であるのか。

大きく社会が変動するその最中に生きる人々の実像、人々の葛藤、激しい対立、さらには混乱の中での「読書」、つまり学ぶというという知的営み、そうしたすべてが「私の大学」だったということです。

 

ちょうどこの同じ年の2月1日、当時の東京市牛込区市ヶ谷富久町109番地に、家政研究所が開設されます。その前の月、1月27日には「婦人参政同盟」が結成されています。文字通り、その頃の日本女性には、今日では常識になっている政治的権利が認められていませんでした。もちろん、昨年実施をみた18歳選挙権などはまだ「遠い未来」のお話しでした。しかし、日本の社会も、同年の関東大震災を境に大きな変貌を遂げます。

 

東京家政学院大学は、家政研究所の開設に始まる、ということはみなさんよくご存じのことと思います。本学の創設者大江スミは、ゴーリキーが社会自体の中に「私の大学」を見出したのとは対照的に、社会の中に「私の大学」を築き上げることに情熱を傾けます。

 

今日、みなさんが卒業する「私の大学」は、歴史の子として生まれ、歴史の激動に晒されながら成長して来ました。伝記『大江スミ先生』の著者大濱徹也は、「明治時代に生を受けた『時代の子』として、近代日本の明日を全身全霊をかけて模索しつづけた日本女性だった」と、本学創設者の大江スミを著しています。

 

「私の大学」をめぐる二人の人物、ゴーリキーも大江スミも、古い時代があたかも音を立てて崩れていく中で、自分たちの解を求め、時代を生きたことでは同じなのかも知れません。二人とも、「学ぶ」ことの意味を、「学ぶことが生きること。生きることは学ぶこと」と、私たちに伝えているように思えるからです。

 

 

「明日の日本」を創る気概に溢れた大学として創立された本学から、今日、みなさんを新しい社会に送り出せることを、私たち教員・職員は心から喜んでいます。

 

卒業生、修了生のみなさん、おめでとうございます。


2017年(平成29年)3月17日

東京家政学院大学学長

廣江 彰

戻る