【附属図書館】大江文庫所蔵『大日本物産図会』の展示

『大日本物産図会』は、1877(明治10)年、8月21日~11月30日まで東京上野公園で開催された第1回内国勧業博覧会の出品作品で、三代目広重の作品です。
この図会は、全国各地、北海道から対馬(現長崎県)まで75国、150図に各地の産物が描かれています。本学の大江文庫はそのうち67点を所蔵しています。
今回の展示は、食生活の生産や加工に関係のある絵図のうち現在に継承されている食を中心に紹介します。
町田キャンパス:関東地方を中心に信州、北陸の物産について紹介します。
千代田三番町キャンパス関西など西日本の物産について紹介します。
いずれも現在の日常の食生活で目に触れるものが多いはず。各地の産物の歴史と継承について考えるヒントにしていただければ幸いです。

町田キャンパス展示

①しょうゆ 下総(現千葉県) 「下総国醤油醸造之図」

現在の千葉県野田や銚子でしょうゆの生産が始まるのは、江戸時代初期のこと。しかし、当時のしょうゆのほとんどは、関西から船で運ばれ、「下りしょうゆ」と呼ばれました。
江戸後期には、野田や銚子のしょうゆ製造技術が向上し、利根川、江戸川の航路も発展しました。そのため、大量の濃い口しょうゆが河川を利用して江戸に運ばれるようになり、江戸のしょうゆ文化が形成されました。

②さんま 安房(現千葉県) 「安房国𫙼(さんま)網之図」

房総半島の南端の安房地域のさんま網の図。広い網を広げて捕獲したさんまは、豊漁の際には、一網10万から20万匹捕れたとあります。その多くが東京に出荷されました。
江戸時代には、さんまは下魚とされ、公的な場には登場せず、料理書にもほとんど掲載されていません。しかし、明治以後、次第に庶民的な秋の魚として「秋刀魚」の文字があてられ、おもに関東を中心に広まりました。

③あさくさのり 武蔵(現神奈川・東京・埼玉の一部) 「武蔵国浅草海苔製図」

のりは、古代からこんぶやわかめ同様、税として貢納されました。あさくさのりは、古くには浅草で自生したようですが、江戸時代に江戸の町が整備されると少なくなり、代わりに品川や大森などでのりが養殖されました。のりを紙のようにすきあげて干し、10枚を1帖としてあさくさのりの名で全国に広まりました。湿気を防ぐためガラス瓶に貯蔵したとのことです。

④ぶどう 甲斐(現山梨県) 「甲斐国葡萄培養図」

山梨県岩崎村で生産されるぶどうがとくに良いとのこと。春に花を開き、秋に実を結びます。ぶどうが熟すと、その垂れ下がる様子は藤棚のようで、ぶどう棚の下に客が集まり、宴会をしてその上にあるぶどうを求める人が多いということで、その様子が描かれています。明治初期からワイン造りをはじめ、干しぶどうも生産されます。江戸末期頃からぶどうに砂糖蜜をコーティングした菓子「月の雫」が作られ今に伝えられています。

⑤そば 信州(現長野県) 「信州蕎麦製造之図」

そばは、全国で栽培されますが、信州のそばは更科郡でとれるそばが古くから有名でした。そばの実を石臼でひき、ふるいにかけて粉にしました。江戸初期には、そば粉に熱湯を加えて練った「そばがき」が主流でした。そのため、麺状に切るそばを「そば切り」と呼びました。信州のそばは江戸の町で流行し、そば店だけでなく屋台のそば屋も多く、庶民の食べ物として発展しました。てんぷらそば、南蛮そばなどもありました。

⑥さば 能登(現石川県) 「能登国鯖釣之図」

石川県能登地方の鯖は、平安時代の朝廷の儀式などを扱った『延喜式』にあり、税として貢納されていたことがわかります。春から秋の夜の曇りの日に海にかすみが出ると、「さば日より」といい、さばが良くとれるといわれていました。漁舟数百隻が並び、舟ごとにたいまつを照らし、それが天をこがすようだったようです。いわしやえびを餌にしてさばを釣りました。おとなりの福井県の若狭湾のさばも有名で、京都に運ばれ、その道をさば街道と呼びました。 

⑦⑧かれい 若狭(現福井県) 「若狭国鰈を取図」および「同蒸鰈製造之図」

現在の福井県若狭湾を中心に古くから、さば、鯛、かれいなどを獲っていました。かれいは、帆をつけた船に12,3人が乗り合わせ、その力を借りて網を引き、おもりをおろして網を広げ、水底にいるかれいを獲りました。
蒸しかれいの製法は、獲れたかれいを一夜塩水に浸し、取り上げたら筵(むしろ)で覆い、湿気で蒸らしてから尾を糸でつるして乾燥させます。多くは京都に送られました。鯛も同様に加工しましたが、どちらも「無類の美味」と述べられています。

千代田三番町キャンパス展示

①②あわびと熨斗(のし) 伊勢国(現三重県)「伊勢国鮑採之図」および「同国長鮑(ながのし)製之図」

あわびの採取は、現在船から採る「見突き漁」もありますが、古くから行われている海女(女性)・海士(男性)と呼ばれる人々による「素潜り漁」が多いとのこと。舟で海に出て腰に小網袋をつけて海底に潜り、道具を使って岩に張り付いたあわびを採ります。
採ったあわびは、保存のために乾物の「のし」に加工しました。貝から身をはずし、内臓をとり、薄い刃物を使ってりんごの皮をむくように薄く長く渦巻き状に切ります。ここでは、それをむしろに並べて干し、打のばして乾燥させています。のしは、古代には、税としても使われ、その後も神事、婚礼などの儀礼になくてはならないものでした。今は、伊勢湾南端の国崎で作られ、伊勢神宮に献上されることで伝承されています。のしは、祝儀袋などの右上に描かれている「のし」の絵に残されていますが、実物を見る機会が少なくなりました。

③お茶 山城(現 京都)「宇治茶製之図二」

12世紀栄西によりもたらされた抹茶法の発展により、茶の木の栽培が広がります。宇治茶は、13世紀前半には登場し銘茶として広まります。抹茶は茶の湯の発展とともに普及しますが、煎茶の発展は江戸時代です。図は、煎茶の製造を描いています。茶の葉を摘み取り蒸したのち、それをむしろの上で広げ、うちわであおいで冷まします。葉を撚(よ)りあげて水気を去り、乾燥したら和紙に包み壺に入れて貯えます。幕末から明治には、宇治茶は輸出産業としても発展し、高品質茶を生産しました。煎茶に使う茶葉は、紅茶、ウーロン茶と同じツバキ科の茶葉ですが、煎茶は加熱して酵素の働きを止めた不発酵茶です。これに対し、紅茶やウーロン茶は加熱しない発酵茶です。

④みかん 紀伊(現和歌山県)「紀伊国蜜柑山畑之図」

みかんは、年間平均気温が15度以上で生育します。南関東、近畿・東海、四国・九州などが主要な産地。みかんは初夏に白い花が咲き、秋に実がなり冬には熟して甘くなります。この絵図は、山の斜面にあるみかん畑で作業をしている図。和歌山県有田では、古くから紀州みかん(有田みかん)が栽培され、江戸時代、贈答品などとして大量に江戸に運ばれました。紀州みかんは、現在一般化している温州みかんとは異なり、種のある小さなみかんです。温州みかんは、種がないため当初は子孫ができないと嫌われましたが少しずつ広まり、和歌山でも明治期には温州みかんを導入、発展させました。この図は、江戸時代後期の『紀伊国名所図会』を参考に描いたと思われます。

⑤塩 播磨(現兵庫県)「播磨国赤穂塩浜之図」

日本では、塩は海水から製造してきました。はじめは海水を煮詰める方法で、縄文・弥生遺跡から製塩用土器が出土しています。江戸時代には、入浜塩田が広まりました。海岸線に堤防を築き、潮の満潮時を利用して海水を取り入れる方式です。塩田に浸透した海水は、地表の砂の表面に上昇し風と日光で水分が蒸発すると、砂に結晶した塩が付着します。蒸発と乾燥を繰り返した砂を集め海水を加えて濃厚な海水を作り、これを炊いて塩をとりました。江戸後期、瀬戸内海に面した10か国(現在の兵庫、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛)の製塩が全国の塩生産の80%以上を占めるようになりました。 

⑥かき 安芸(現 広島県)「安芸国広島牡蠣畜養之図」

広島湾の干潟で養殖が始まった時期にはいくつかの説があるようですが、江戸時代には養殖がおこなわれていたとされています。その方法は、ひび建て養殖法といい、竹木などを干潟に立て牡蠣種をつけて養殖し、途中で牡蠣を打ち落とし、干潟にまいて養殖する方法。干潮の時は、一定時間空気中にさらされるため、抵抗力がつき小粒で良質の牡蠣が育つとのことです。とくに明治から大正の最盛期には、牡蠣の多くが「かき船」によって大阪に運ばれ販売されました。かき船は、かき料理を船内で提供して販路を増やす独特の方法で、後には料理業が主流になりました。現在の養殖法は、かき筏(いかだ)からぶら下げて海中で肥育する「垂下法」が主流のようです。

⑦⑧かつお釣りとかつお節の製造 土佐(現高知県) 「土佐国鰹節釣之図」および「土佐国鰹節ヲ製ス図」

日本でのかつおは、太平洋を黒潮に乗り、春先から北上し、秋になると南下する回遊魚です。そのため、上りがつおは春のかつお、下りがつおは秋のかつおとして旬が2度あります。この図の説明には、土佐のかつおは釣ることが多く、3,4月が初鰹で、船1艘に12人乗り込み、生いわしを水上に放つとかつおが集まってくるので、針にいわしの尾をさして入れるとたちまち食いつくとあります。
かつお節には、脂ののった秋のかつおより、脂肪の少ない春のかつおが適しているようです。かつおの頭と内臓を取り二枚におろし、さらに縦2つに切り4片にして鍋で蒸し、干して磨くかつお節製造の様子が描かれています。この絵と解説は、『日本山海名産図会』(1799)に酷似しています。広重が参考にした地域は他にもいくつかみられます。

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